KAZZのブログ

KAZZ(カズ)はエリック・カズからです

「愛し愛されて生きるのさ」のセリフの考察

前置きは割愛。

 

愛し愛されて生きるのさ(セリフ部分)

家族や友人たちと

並木道を歩くように 曲がり角を曲がるように

僕らは何処へ行くのだろうかと 何度も口に出してみたり

熱心に考え 深夜に恋人のことを思って

誰かのために祈るような

そんな気にもなるのかなんて考えたりするけど

 

 

まず、「並木道」とはいちょう並木のセレナーデにおけるいちょう並木を指すと考える。

いつかはじめて出会った いちょう並木の下から

また、東京恋愛専科の

東京タワーを過ぎる急カーブを曲がり

あっという間海が見えりゃ気分も晴れるでしょう

や、さよならなんて云えないよの

左へカーブを曲がると光る海が見えてくる

僕は思うこの瞬間は続くといつまでも

という歌詞のように、小沢健二の歌詞に度々出てくる「曲がり角(カーブ)」というのは同一のものであると思う。

ある光でも、

この線路を降りたら海へ続く川 どこまでも流れるのか?

と「海」が希望の象徴として描かれている。

 

つまり、前半部分は

(家族や友人といった)大切な人と、(出会いの場である)並木の下を歩くような、(希望の海へと続く)曲がり角を曲がるような、そんな人生を歩んでゆくのか(=僕らは何処へ行くのか)と何度も(口に出して)考えている

という意味であろうと考える。

 

次に、「熱心に考え 深夜に恋人のことを思って」に続く「誰かのために祈るような」の部分だが、私は、恋人のためではなく「誰かのため」に祈るということに違和感を覚えた。なぜ恋人のことを思っているのに、その恋人が「僕(=小沢健二)」ではなく「誰かのため」に祈るであろうと推測しているのか。

この矛盾を解き明かす為には、区切り方を変える必要がある。

 

「熱心に考え 深夜に恋人のことを思って/誰かのために祈るような」ではなく

「熱心に考え/深夜に恋人のことを思って 誰かのために祈るような」であると考える。

 

そうすると、

「『深夜に恋人のことを思う』ことや『誰かのために祈る』ことを熱心に考える」となり意味が通じる。つまり、先程の「家族や友人たちとの未来」のように、恋人や誰か知らない人のことを心配し憂えていることを表していると思う。

 

 

実は、このセリフには「You've got to get into the groove.」という英文が続いている。この英文を直訳すると「貴方は最高潮になり始めた(完了形)」となります。

 

以上のことをまとめると、

「家族や友人と歩む人生のことや、恋人や知らない誰かのことを心配してしまったりするけど、貴方は最高潮になり始めた」

 

はい、あとは自分で考えてください。すいません。

磯に波打つ潮よりも濃く

「アーティストの魅力とは」と問われると。。。

まずは歌のうまさが挙がるだろうが、それ以外にもメロディーの良さ、歌詞の良さ、更にはルックスや醸し出す雰囲気などが挙げられる。

 

...私の勝手なイメージだが、若者(私もそうだが...)が魅力に感じるのは大抵歌のうまさやルックス、雰囲気といったものだろう。

ーーー歌詞の良さは「おまけ」にしか過ぎない。

 

その辺のアイドルの曲やボカロ曲などをテレビなどで聞いてみても、確かにメロディーは良いものばかりだが、ボカロ曲は単なる言葉の羅列で、アイドル曲も小中学生が書いたようだ。一般的な歌手においても、多くに同じことが言える。

 

※その様なことを言うと「お前の方が日本語力無ぇじゃん」「じゃあお前がもっと良い音楽作れよ」との反論が来るかもしれないが、それはお門違いだ。

 

それはともかく、時代が変わることで人々の嗜好も変わると言えばそれまでだが、私は「歌詞を深読みせず、単に共感するだけ」というような風潮を憂いている。歌手側も聞き手側も深い歌詞というものを求めないのだ。何となく“薄っぺらい”。

Prefab Sprout/Cruelの歌詞を和訳してみた ~ある光 小沢健二~

オザケンファンの間では「ある光」という曲にでてくる「僕のアーバンブルーズへの貢献」という歌詞はPrefab Sproutというバンドの「Cruel」という曲にでてくる「my contribution, to urban blues」という歌詞からとったものだと噂されているそうな。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

ってことで自分なりにCruelの歌詞を和訳してみることにしました。

 

Cruel is the gospel thats sets us all free,

Then takes you away from me.
There is no chicago urban blues, more heartfelt than my lament for you.
I’m a liberal guy, too cool for the macho ache, with a secret tooth,
For the cherry on the cake.
With a pious smile, a smile that changes what I say.
While I waste my time, inregretting that the days,
Went from perfect to just o.k.
Lordy, what would I do? don’t call me possessive,
But God if he’s smoochin’ with you.
I’s a jealous boy root, -the world shoyuld be free,
But don’t you go following suit my heart is aligned-
It couldn’t be neutral, I couldn’t be that way inclined.
Its hard to defend, ba ba ba, ba, ba ba,
These feelings tuppentup friend.
Its cruel, ba ba ba, ba ba ba, ba ba ba, ba ba ba,
Ba ba it’s cruel, ba ba ba, ba ba ba, ba ba ba, ba ba ba,
Ba ba it’s cruel, it’s crueler than cruel.
But cruel is the gospel thats sets us all free,
Then takes you away from me.
Should a love be tender, and bleed out loud?
Or be tougher than tough, and prouder than proud.
If I’m troubled by every folding of your skirt,
Am I guilty of every male inflicted hurt?
But I don’t know how to describe the modern rose,
When I can’t refer to her shape against her clothes.
With the fever of purple prose.
But cruel is the gospel thats sets us all free,
Then takes you away from me.
Cruel is the gospel thats sets us all free,
Then takes you away from me.
-my contribution, to urban blues. 

 

「残酷」は,すべての自由を与えるゴスペルで,

貴方を私から遠くまで連れ去ってくれる。

シカゴはアーバンブルーズ(都会的なブルース)などでは無く,

その事実は貴方に対する嘆きよりも偽りがない。

僕は自由な奴で,マッチョに憧れるにはクールすぎる。秘密の歯とともに。ケーキに乗ったサクランボのために。

敬虔な笑顔,僕の言う事を変えさせるような笑顔とともに。

後悔した日々の,時間を消費する間に,「完璧」から「ギリギリセーフ」まで行ったんだ。

おっと,僕は何をしていたんだ?

貴方だけで僕の名前を呼びたがるな,しかし彼が貴方とキスしたならば神だ(?)。

僕の嫉妬深い男の子は僕にこう洗脳しようとした,

「世界は自由でないといけない,でもあなたが私のハートを満足させにゆくのは適合しているよ。」

それはどうも自然ではなく,僕はあの傾斜した道のようにはなれない。

守るのは難しい,bababa,ba,baba,これらの感情,僕の2ペンス(の金額)の友人よ(?)。

それは残酷で,bababa,bababa,bababa,bababa,baba

それは残酷で,bababa,bababa,bababa,bababa,baba

それは残酷で,残酷で残酷だ。

それでも「残酷」は,すべての自由を与えるゴスペルで、

貴方を私から遠くまで連れ去ってくれる。

「愛情」は敏感でないと,大きな声で出血しないと,ダメなのか?

あるいは舌よりもタフでないと,“誇り”よりも誇らしくないと,ダメなのか。

僕が貴方の(服の)裾をたたむことによって困ってしまったら,僕は傷つけられた男達を犯してしまうのか?

でも僕はどうやってモダンなバラを描けるのか,彼女に服のサイズさえも聞くことができないというのに。

“紫色の散文”の熱意とともに。

それでも「残酷」は,すべての自由を与えるゴスペルで,

貴方を私から遠くまで連れ去ってくれる。

「残酷」は,すべての自由を与えるゴスペルで,

貴方を私から遠くまで連れ去ってくれる。

僕のアーバンブルーズへの貢献。

 

 

難しいです(_ _)

でも,何かの参考にでもしてくださったら私もありがたいです。

 

「天使たちのシーン」の考察

後に「dogs」と改題された、小沢健二のファーストアルバム「犬は吠えるがキャラバンは進む」は、彼のアルバムの中でも特に傑作であり、これこそがソロ小沢健二の原点であります。

 

1. 昨日と今日
2. 天気読み
3. 暗闇から手を伸ばせ 
4. 地上の夜
5. 向日葵はゆれるまま
6. カウボーイ疾走
7. 天使たちのシーン
8. ローラースケート・パーク

 「昨日と今日」「天気読み」に続いてどの曲も素晴らしいものですが、このアルバムの中で私が一番好きなのは、タイトルにもある通り「天使たちのシーン」です。

 この曲は13分以上と彼の楽曲の中では最長です。一般的に見てもかなり長いのですが、歌詞には彼の想いが凝縮されていて、歌詞の意味を噛み締めながら聴いていると13分なんてあっという間です。

 

そんな「天使たちのシーン」を私なりに考察してみることにしました。

 

↓↓↓歌詞↓↓↓

http://j-lyric.net/artist/a0025b2/l011559.html

 

 

海岸を歩く人たちが砂に 遠く長く足跡をつけてゆく
過ぎて行く夏を洗い流す雨が 降るまでの短すぎる瞬間


真珠色の雲が散らばってる空に 誰か放した風船が飛んでゆくよ
駅に立つ僕や人混みの中何人か 見上げては行方を気にしている

「夏を洗い流す雨」は、夏が終わり秋になることを意味しています。

飛んでゆく風船は、これから秋になり冬になり...人肌恋しく寂しい季節がやってくるときの、不安の現れなのか。

 

いつか誰もが花を愛し歌を歌い 返事じゃない言葉を喋りだすのなら
何千回ものなだらかに過ぎた季節が 僕にとてもいとおしく思えてくる

 

愛すべき生まれて 育ってくサークル

君や僕をつないでる穏やかな 止まらない法則

「生まれて育ってくサークル」「穏やかな 止まらない法則(ルール)」とは、

”愛すべきであり、君や僕をつないでる”時間、更に言うと季節や年単位の長いスパンを表していると考えます。

 

大きな音で降り出した夕立ちの中で 子供たちが約束を交わしてる

「過ぎて行く夏を洗い流す雨」が大きな音で降りだしてしまいました。とうとう秋に移ります。

 

金色の穂をつけた枯れゆく草が 風の中で吹き飛ばされるのを待ってる
真夜中に流れるラジオからのスティーリー・ダン 遠い町の物語話してる

 

枯れ落ちた木の間に空がひらけ 遠く近く星が幾つでも見えるよ
宛てもない手紙書き続けてる彼女を 守るように僕はこっそり祈る

「金色の穂をつけた枯れゆく草」が「吹き飛ばされるのを待ってる」

 =冬が来るのを待ってる

そして草ばかりでなく木さえも枯れ落ちるようになったのだが、寂しい季節になったのではなく寧ろ「遠く近く星が幾つでも見え」ている。

 

冷たい夜を過ごす 暖かな火をともそう
暗い道を歩く明るい光をつけよう 

 冷たい夜を過ごしているのならば暖かな火をともそう、

暗い道を歩いているのならば明るい光をつけよう。

「遠く近く星が幾つでも見える」ように、冬(=悲しいとき、辛いとき、苦しいとき)にも何か良いことがあるはず、ポジティブでもネガティブでもなく、その「良いこと」を見出すために暖かな火をともし、明るい光をつけよう、そう提案しているのだ。

 

毎日のささやかな思いを重ね 本当の言葉をつむいでる僕は
生命の熱をまっすぐに放つように 雪を払いはね上がる枝を見る

 

太陽が次第に近づいて来てる 横向いて喋りまくる僕たちとか
甲高い声で笑いはじめる彼女の ネッカチーフの鮮やかな朱い色

 「生命の熱」「雪を払いはね上がる枝」「太陽が次第に近づいて来てる」「鮮やかな赤い色」厳しい冬も終わり、生命の熱を感じられる太陽の光を一杯に浴びれる春がやってきます。

 

愛すべき 生まれて 育ってくサークル
気まぐれにその大きな手で触れるよ


長い夜をつらぬき 回ってくサークル
君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則

長い夜をつらぬき1年365日回っている時計、時間は、昨日と今日、明日、明後日の君や僕を夜の間も繋いでくれています。今日はさよならしても明日になればまた会える、それは皆を繋ぎ止める”時間”のお陰なのです。

 

涙流さぬまま 寒い冬を過ごそう
凍えないようにして 本当の扉を開けよう カモン!


月は今 明けてゆく空に消える
君や僕をつないでる緩やかな 止まらない法則 ずっと

さあ、新しい朝の始まりです。

 

神様を信じる強さを僕に 生きることをあきらめてしまわぬように
にぎやかな場所でかかりつづける音楽に 僕はずっと耳を傾けている

「神様を信じる強さを僕に」の後、何があったのか私には分からないですが、

未来の彼から「神様はいると思った」という返事があります。

ここで言う「にぎやかな場所でかかりつづける音楽」というのは、

ある光の「街に棲む音 メロディー」と同じものなのでしょうが、

それは90年代のJ-POPの中の”小沢健二の曲”のことでしょうか。

 

~最後に~

文学的なセンスが皆無なのにも関わらず、夜中に思いつきでババっと書いてしまったこの稚拙な文章ですが、もしここまで読んでくださった人が居ましたら本当に有難うございました。

少しでも共感してくださったら、とても嬉しいです。

「時間軸を曲げて」の考察

 

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「時間軸を曲げて」という歌について考察します。

 

この曲は2010年初夏、13年ぶりのコンサートとなった「ひふみよ」の中で歌われ、後に「我ら、時」に収録されました。

 

後述しますが、この曲は「天使たちのシーン」や「ある光」に並ぶほどの、オザケンのアーティスト人生の中で重要な曲であると考えます。

 

↓↓↓歌詞↓↓↓

mirikono.jugem.jp

 

若い蛇使いの男が燻らす

煙草の香りの町に着く

暁方の空気冷たく

心臓の底の記憶を覚ます

彼は活動を休止していた間、アメリカの他、中南米、アフリカ、アジアといった所謂第三世界に行っていたといいます。「煙草の香りの町」はアメリカか第三世界の何処かだと思います。

 

突き刺す松葉のように 晴れ渡った思いが訪ねる

紅葉濃き山路に霞立ち 我はひとっ飛び(?)時を超える

ふいに嵐の空を襲う 優雅な虹の弧のように

物狂おしい日に似た幻が 我らを撃つ

先ほどの「心臓の底の記憶を覚ます」に続くこの歌詞は、彼の「刹那」の王子様だった、輝いていたあの時をふいに思い出した瞬間の心情なのでしょうか。

 

旧市街を抜ける道から砂漠へ

風が飛ばす砂と歌声

天幕の下眠る我ら

心臓のそこの記憶は熾きる

「旧市街」「砂」「天幕」というワードから、中東やアフリカの砂漠の風景を、オザケン風に言えば「長い長いアラビアンナイト」を思い描いてしまいます。

 

ありがとうという言葉で 失われしものに誓うよ

磯に波打つ潮よりも濃く 我の心は供にあると

そして微かな恐れもなく 僅かな疑いを持たず

甘き力が我らと往くこと それを知ってる

これは13年間待っていたファンへの感謝、「磯に波打つ潮」よりも濃い気持ちで今も昔も変わらずに一人ひとりの傍に寄り添って往く、という宣誓だとも読み取れます。

 

少年のように無邪気に嘘を笑えたら

明けの鐘に泣き濡れる時も 時間軸を曲げて

 

少女のように爪に炎を灯せたら

宵の野辺に泣き濡れる時も 時間軸を曲げて

ここで初めてタイトルの「時間軸を曲げて」という言葉が初めて登場します。 

 

ここまで考察してみて、さすが東大といったところか、彼の文学的なセンスが歌詞に顕著に現れていると思いました。 

 

さて、冒頭言っていた「重要な曲」というのは下記の通りです。

天使たちのシーン・・・ライナーノーツの通り

 ↓「王子期」を経て、

・ある光・・・第一線から降りる決意

 ↓  休止期間を経て、

・時間軸を曲げて・・・これまでの経験とこれからの決意

この一連の流れがあり、またコンサートで ある光に続いて歌われたことから、彼小沢健二の歌手人生の中でも重要な楽曲であると考えました。

 

 

~最後に~

もしもここまで見てくださった人がいたら、本当にありがとうございました。小沢健二のファン歴も一年足らずで、人生的にも未熟すぎる未成年の私による稚拙な文章ですが、何卒お許しくださいますようよろしくお願いします。